2015/09/22
稽古場日誌【舞台編】…吉本尚加(制作助手)自分の意志とは

こんばんは、吉本尚加です。
遅くなってしまったのですが、16日に京都で行われました稽古に参加して参りました。

~しながら喋ること、話すことの目的、その行動で生まれる構図、目的。
普段は意識なんてせずにしている様々なことが稽古場では浮き彫りになっていきます。
不思議なことにそれらは一度意識して近付こうとすればするほど遠ざかっていくようです。
それでは、ということで一度思い切り大げさにやってみてはどうかということになりました。
すると、それをそのまま続けていくうちにそこから受け取る印象がどんどんと異なっていきます。何だか台詞の一つ一つが、言葉が、観ていて「その人の体に馴染んでいっている」ようです。

また、そうしているうちに諸江さんにも変化が現れました。
久野さん曰く「今の大げさな方が先ほどまでの演技よりやわらかく感じる」とのこと。
それについてもその場にいた全員で理由を考えてみたのですが、
・楽しそうだから
・自分の身体がここにあるということについてポジティブに捉えられているから
・(次に何をするかについて考えているために)自分が喋る時のことを相手が話している間に考えているから
ではないか?という所から、

(喋らされているのではなく、)自分で喋っている感じがするから言葉や体を裏切っている感が無い

という所にたどり着きました。
以前、客席編の稽古場で「とても良かった役者に今何をしていたの?と聞くと大抵『何も考えていなかった』と返される」、というような話になったことがありました。
私達は普段夢中で生きています。「こんな風に喋ってやろう」「これをしたら次はああいう風に動こう」とか考えながら会話したり動いたりすることなんてほとんど無いのではないか、と思います。
今回の稽古で改めてそのことを実感すると共に、人間の体というものはとても正直なものなのだなと再認識しました。
普段と違ったことをその上で自然にやろうとした時の違和感のようなものも、発信する側が伝えることを楽しんでいるときもまっすぐに受け手にそのことを伝えてくるのは何よりもまず発信する側の体なのだなと。
そうして諸江さんの起こされる化学反応が今後どのように作用していくのか、楽しみに見届けたいと思います。















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