2017/11/03
言葉と俳優の関係 (俳優:七井)

10月28日~31日まで4日間連続稽古でした。(匣の階の稽古パターンは基本4日連続)

前回9月の稽古は、「Port」の本番と重なっていたため、「パノラマビール」単体?でのみっちりとした稽古はほぼ2か月ぶりという状態でした(私の実感として)。

そのせいでしょうか、稽古初日は前回やったシーンも、どうしても台詞を言う感覚を思い出しながらの稽古になりました。稽古がない期間に台詞を全て覚えてしまっていた(と思っていた)のですが、「台詞を喋る」と言う事は「台詞を覚えている」とは、全く違うのだなと痛感しました。
頭には言葉は入っているが、今目の前にいる相手とのやり取りが始まると、どうしても言葉が出てこない。体が反応しないとでも言いましょうか。
やはり台詞というのは、相手との関係・その場の空気を踏まえて、からだが喋るものなのかもしれません。
では、次の稽古までの期間をどう過ごすのか? これは、本当にちゃんと考えないといけない問題の様な気がします。からだが覚えている感覚を忘れないようにするためには、どうしたらよいのだろう。

28日の初日は、台詞を喋ることを通して頭とからだのずれを直してゆくような日でした。

2日目もその延長で、集団の空気の作り方について色々と試行錯誤をします。
対話を行うには、双方に軸がないと成立しないのでは?という考察になります。
前提として「皆の中でなんとなくこういう空気感」では、会話は恐らく成立しないのでしょう。それよりも、「私はこう!」という軸をもっているほうが、台詞の会話は成立します。皆、前提を元に話をするのではなくて、やむにやまれぬ何かで自分の言葉が出てくる方が面白いのかもしれません。

3日めの30日は、稽古もさることながら、稽古後に「山に登りました」!。今回の作品は、山のある場所での話です。星が出てきます。皆、星を観ます。
そういう戯曲なので、出演者で山に登って星を観よう と言う事になり、山に行きました。

山、めっちゃヨカッタ!! 山の空気、見上げる空の星(の角度)、見下ろす町の夜景... 言葉にするとファンシーというか曖昧なイメージが伝わるかもしれませんが、「具体的に観る」と言う事は、それとは大幅に違いました。
自分ではない「何か」が確かにそこにあるのは凄いことなのです。


稽古最終日、それまで話していた「軸」を明確にする作業になりました。簡単に言うと、「ちゃんとそこにいる」事をあらゆる手段で試してみる。役を極端な設定にしてみて、会話での反応を頼りに関係性を探っていきます。
身体と頭が全力で他者に反応している様子というのが、会話する ことの面白さなのかもしれないと思いました。

「台詞」を喋っている俳優の身体は、台詞の文字面、文学的意味 とは違うところで動いているのかもしれません。俳優が喋るのは台詞なのですが。

今回の「パノラマビールの夜」は、話されている言葉と、そこで起こっている関係・現象 が一見すると違うように見えるかもしれません。しかし、でもそんなことはないのでは?



→Fの階公演詳細&チケット
→Fの階稽古日記

Fの階公演
脚本・演出:久野那美
@神戸アートビレッジセンター kavcシアター及び地下フロア
2019年3月22日(金)-3月25日(月)
















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