2016/08/19
然としない然(中村彩乃:俳優)

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(写真:紅たえこ)


こんばんは、中村です。
皆さま、地球がどうかしちゃったんじゃないかい?というくらい暑い日々が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、こんな暑い日でも稽古は良いものです。
最近の稽古は、「台本という一つの枠組みをいったんおいといて、なんか広げてみよう」期間に入っています。

ところで、台本というものは不思議なもので。
例えば、病院のお話しで看護師と患者の会話が台本にあるとします。役者は当然、病院という場所で話しをしている然とした、看護師然とした人と患者然とした人をしようとするでしょう。そりゃそうです。そう書いてるのだから。
しかし、この「然」というもの、なかなかやっかいなものでして。
(以下は、私の主観が主成分の話なのですが。)

上記のような「然とした」、というものは確かに安心してみることのできるものかもしれませんが、如何せん何か無難で面白味にかけて勿体無いと私は思います。また同時に、自分の価値観に基づく「然とした」ものを強く描きすぎると、どうもその場に存在して反応するということに鈍くなる傾向があります。

点の階にも勿論台本はあります。上記の病院で例えたような明確な情報もト書きにあります。しかし、より「その場で起きることから、芝居を成り立たせるための要素を見つけ出す」ことが出来るように、一番最初に書いたような「いったん広げてみよう」の稽古を挟みます。
先日の私がした具体例としては、木星人・水星人といった、なぜか宇宙の力拝借ラインナップになりましたが、七井さん、藤谷さんもそれぞれで何か広げることへの挑戦をしていらっしゃいました。

台本を信じるところと、それ以外のところ。
俳優がするということの意義と、そこにただあることの意義。
こういった矛盾が芝居にはしょっちゅう生じ、またそれに答えはないので、なにやら禅問答をしているかのようなもどかしさもあります。それをひっくるめ、どうも芝居はおもしろいです。
この矛盾の間で自分のボリューム(塩梅?)はどこかを探ることが、稽古場での俳優の仕事の一つではないかと考えます。





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匣の階公演
【第2弾】『パノラマビールの夜』脚本・演出:久野那美
@神戸アートビレッジセンター ロビー1roomギャラリー
2018年1月25日(木)-1月28日(日)
















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