2014/06/25
doors 通信 その2

梅雨なのに今日も晴れ。そんな中、DOORSに向けてのお稽古兼作戦会議3日目。
 
そうそう、DOORSの日程が決まりました。
8月11日の19:30から芸術創造館です。
参加してくれる皆様、楽しみにお待ちください。
私達はすでに楽しみです。
詳細はこちら (http://www.iwf.jp/)
 
このお稽古は作品創りから離れて、DOORSの内容を考えるためにしています。
それに加えて、12月の公演が階の初参加となる役者さん2人(諸江さん、七井さん)を中心に、「久野さんの台本の言葉」との関わり方を探っていくことも目的としています。
 
DOORSでは、言葉がうまれる瞬間を、缶の階のメンバーと参加者で共有したいと考えています。
今日のお稽古では、台本の言葉に必然性がうまれていく瞬間をたくさんみました。
 
久野さんの台本は、独り言というか、登場人物が自分の経験とか思い出を延々と喋ること。が多いです。
一見するとそのシーンの他の登場人物がリアクションしてもしなくても(何なら相手がいなくても)、この人は同じ話をするんじゃないかと感じることがあります。
 
けど、そうではなく、その場とその相手じゃなければその独り言は、思い出せなかったし、言葉という呈をなして表面には出てこなかった。
だから、仮に相手に向かって喋ってなくても、そこでしか生まれなかった話をする瞬間を切り取っている。
 
そういう、当たり前のことに気付いたお稽古でした。
 
相手とコミュニケーションが目に見える形で起こっていなくても、今ここでしかおこらない関係。
会話を介さないけど、周りには見えないかもしれないけど、両者の間には確かにあるやりとり。
 
そういうものって、舞台と客席の関係と同じなのかもしれません。
 
 
今日の結論
独り言は一人じゃうまれない。
そこに相手がいるから。うまれる独り言がある
そこにいた相手がいなくなったから、うまれる独り言もある。
 















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