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2019/11/17
11/17 蛸の階稽古日記(中城賢太) 現状の整理整頓


11/17の稽古を終えて書くことは…

自分の出発点からここまでの道のりの
整理整頓


台詞を正しく読み解く
(思い込みによる台詞読み硬直からの脱却)

声を張り上げない ちゃんと聞く・見る
(相手を威嚇することからの脱却)

反応を味わう
(自分の世界にこもることからの脱却)

身体から動いて反応する
(反応が出遅れること→脱却)

現在位置
台詞を正しく読み解く2 質問
何を聞いているのか、どれくらい理解しようとしているのか、何がズレているのか
(質問に対する相手の返答が不自然であるかのように聞こえること→脱却)

andmore…

出発点
私は、台詞を正しく読み解いてなくて、思い込みで決まりきった言い方をしていた。

登場人物の境遇及び新しい稽古場に慣れてなくて、不安から相手を威嚇するような言い方をしていた。

相手が話していることに対して反応できてなくて、自分の台詞から反応を引き出していた。また、反応の上塗りをしていた。

身体からではなく口から動いていた。

台詞を読み解くこと、相手の反応を味わうこと、声を張らず(吠えず)、ちゃんと聞く・ちゃんと見る、身体から動くことで生まれる新しい言い方を楽しめていなかった。

今は質問を読み解く。会話をしよう。
会話を、しよう。

タイトル:会話をしようとする人々

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2019/11/15
「泣くこと」 荒木 稽古日記

涙を流せていた時期があったが、
(枯れて?)出なくなった。

泣けても一滴しか出ない
なぜ?
どうすれば泣ける?

●泣く(涙を流す)方法
生理的アプローチ
①あくび
②瞬きしない
③身体を小刻みに揺らす

●実際にやってみて
①あくび
あくびは比較的自由に出せることがわかった。寝不足度合いによって出易くはなるが、出にくくなることはない。ただ、一回のあくびでは涙につながらず、複数回くり返す必要がある。そして、口を開けるとあくびがバレてしまうこと。それを避けるために口を閉じてあくびをすると鼻の穴が膨らむ。表情が変わることで、別の意味合いが出ないよう注意。感覚を掴めば実践のハードルは低い。

②瞬きしない
長時間まばたきしないのは辛い。ドライアイになる危険性もあり、目に負担を強いる。しかし、感想の後、確実に目は潤む。余計なまばたきをしないため、緊迫感のある泣きの演技には活躍すると予想される。注意点として、眼球を動かすと勝手に目に潤いが補充されるため、視線を動かすと利き目が薄れる。目線を固定した状況での試みが好ましい。涙が出る直前は、まぶたが多少ピクピク閉じようとするのを抑制しなければならない。最後は我慢。

③身体を小刻みに揺らす
あまりしっくりはきていない。身体を小刻みに揺らそうとすると、上半身に力を入れるイメージだが、それは強張るのと紙一重である。身体が緊張するのは、身体の自由度が落ちるため避けたい。他の動きに支障が出ると思われる。リラックスして小刻みに揺らせる方法を思いつけば、再チャレンジしたい。

●まとめ
僕は①、②の併用がやり易かったです。
今回は生理的アプローチをまとめました。
次回は心理的アプローチについてもまとめます。


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2019/11/14
蛸の階 11月13日稽古日誌

稽古日誌
11月13日



いよいよ今月末に本番を控え、大阪で稽古をするのは今日で最後になりました。

その中でどうすればいい状態に持っていけるのかということをここ最近ずっと考えています。上手く行った時にもそうじゃない時にも原因が必ずあってそれを紐解いていく。一つ一つのことを見つめ直して行く事をここ最近ずっとやっています。

11月13日の稽古で上手くいかなかった時は
・何かを表現しようとしている。
→それは自分の役の人間はこういう風に感じてこんな風にやりたいんじゃないだろうか。とイメージを持ち込んでそれに合わせようと演技している。
・何故そうなるのか?
→相手役がいつもと違う事をしてこないだろうと勝手に安心している。その結果相手の変化に意識を向けず、自分の台詞、動きに集中する。
・上手く行ってない時は必ずと行って視野が狭まってる。→人は集中すると視野が狭まる。一見いいように思えるけれど自分に集中している時に視野が狭くなる感覚があって、逆に上手く行った時は視野が広く見ることができている気がする。
・相手に反応するという事に囚われる。→反応する!と言うのと反応している人は違う。上手く行ってない時はとりあえず反応している。そうすれば何かやっている感が出るから安心する。反応というのは自分でコントロール出来ない気がする。コントロールして出した反応は、反応している人をやっているだけだと思う。
・感情は結果→悲しいシーンや辛いシーンを勝手に役じゃない自分が決め打ちしてはいけない。感情の何かに気を取られてたら相手役の変化について行けない。
・先を想定しない→防御本能として守りに入ってしまう。先がわかれば安心だから。でも勇気を持って冒険しないと行けない。
・相手に合わせる。→相手に乗っかる。相手のやっている事の真似をする。効果的な場合もあるけれど自分の責任を放棄してる時が多い。

良い時の状態は
何かをしようとせず
表現せず
反応してる人にならず
集中過多にならず
安心せず
責任を持ってそこに立つ事。

稽古日が少なくなって来ました。本番まで気を抜かず進んでいきます。
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2019/11/09
11/8 蛸の階稽古日記(中城賢太) ここまでのまとめ


これまでの稽古で得られたこととは…

会話をするためにすること。

会話をするためには、自分の反応を味わう。味わうためには、相手の表情や動きで自分がどのように変化しているかをみる、聞く。自身が喋っているときも、自分がどのように変化しているかをみる、聞く。

つまり、自分の状態に常に気を払う。

そのために、気力体力を充実させて、稽古に望むこと。


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2019/11/08
11/5 蛸の階稽古日記(中城賢太) データと会話はできない


11/5の稽古で得られたこととは…

・「行き止まりの遁走曲」登場人物の特徴

・データ(自家発電)と会話はできない。

自家発電を僕はデータと呼ぶ。想像上の相手や場を呼び出してやりとりしている状態であり、そのやりとりは本人の中では一致している。つまり、その時の相手と場には合わない。その状態は強ければ強いほど心地よく、自身が素晴らしい演技をしているような錯覚を生む。データは初めての稽古では起こりにくく、やりとりする相手の情報が得られるほど発生しやすくなる。

相手の情報を初めて得ることは大変な作業だと思う。沢山の情報を処理していかなくてはいけない。体力も気力も使う。だから、データは消耗を抑える有効な手段でもある。


データを使う自分を減らしたければ、

まず、稽古に入る前に体力、気力を確保すること。疲れていればいるほど、身体はデータを呼び出す。無理に抑えようとすればより気力を使う。


台詞の言い方や気持ちで守るべき部分を理解すること、その上で、やりとりで見え隠れする自由な箇所を発見し続ける必要がある。守るべき部分をよく知ることで、縮こまった身体を伸ばすことができる。自由かどうか分からなければ、試してみるしかない。同じようなアプローチはデータ化を促進させる。

「行き止まりの遁走曲」の登場人物は、

各々が別々の軸をもっていて、共同体を構成しない。大げさに言えば、世界の国の代表者が集まって話をしているようなもので、はっきり意思を台詞に込めないと伝わらない。

ここで、

意思を台詞に込める✖データ=ビッグアウト(衣のつきすぎたエビフライ)

台詞をそのままいう✖データ=アウト

意思を台詞に込める(推量からくる想像ではなく、台詞から読み取れる意思であること)✖その時の相手と場の状態に気を払う=🆗(しかし体力は大幅に消耗する)

と式にした。


(推量からくる想像とは、台詞の流れや、台詞のつまみ食いでできた物語を台詞全体に適応してしまうこと。台詞ごとの細かい感情の変化を無視してしまっている状態。相手の変化があっても、自分の物語を優先してしまう。)




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2019/10/29
「独り語りの意識」 荒木 稽古日記

モノローグの間に入る他人の言葉にはもっと敏感に反応するべき?

自分の世界に介入してくる訳だから……

聞いている間に、言葉を挟むのはかなり勇気を要するはず。その瞬間、意識がもっとその人に向かっても良いのではないか?

細かく動くと軽い存在に見える?
スター性を持つ人は、どっしりと緩やかな動き方が良い?

つらつら止まらずに流して言うのは説得力を産むのか?それとも?

頭の回転、賢さは見られる。

やり過ぎないようにすると、声も控えめになってしまう。声が相手、観客に届いていない。
消える魔球。

コショコショ、息多めでもエネルギーをこめて音を伝える。

無機質、独り言でもしっかり息を吸い空気に音をのせる。

叫ぶ大声を出すということではなく、
肺の息を利用して共鳴させて、空間を震わせる。

目指すのはどこからも音波を伝えれる身体。
(指先、後頭部、背中、鼻、頭頂部など…)

モノローグの時に動く際、全体に薄く、
かつ客席に濃く伝播させる。



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2019/10/28
稽古日記 声のコントロール 荒木

言葉を発するまで相手を探る、そして発話する

声の波を伝えるのは基本
声の大小、高低、緩急は簡単に変えれる

ただし、大きな声を出そうとすると声が高くなるのはコントロールする力が弱いように思う

また、大きな声を出そうとすると変化の幅が小さく、流れてしまうことが多い。
間も少ない?

声が上ずることへの対処は深く呼吸をし続けることで改善されるのか。

灯台守の
伝えたい→伝えられない→どうすればいい→さらけ出すしかない
という流れを魅せる

最後の長台詞。
固まっていた。最後も肩が上がっていたし、
身体の自由度が低かった。
喉が閉まっていた?喉の奥から声を出している感覚……。

もっと周りの人をかき乱せる余地があり、
もっといろいろできるはず。

沈黙に耐えきれず、不安のせいか早口になってしまうことがある。それでは台詞をちゃんと届けられない。伝わる速さを体で覚え、基本的にはそこを超えないようにしないといけない。




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2019/10/28
「声のコントロール」 荒木 稽古日記

言葉を発するまで相手を探る、そして発話する

声の波を伝えるのは基本
声の大小、高低、緩急は簡単に変えれる

ただし、大きな声を出そうとすると声が高くなるのはコントロールする力が弱いように思う

また、大きな声を出そうとすると変化の幅が小さく、流れてしまうことが多い。
間も少ない?

声が上ずることへの対処は深く呼吸をし続けることで改善されるのか。

灯台守の
伝えたい→伝えられない→どうすればいい→さらけ出すしかない
という流れを魅せる

最後の長台詞。
固まっていた。最後も肩が上がっていたし、
身体の自由度が低かった。
喉が閉まっていた?喉の奥から声を出している感覚……。

もっと周りの人をかき乱せる余地があり、
もっといろいろできるはず。

沈黙に耐えきれず、不安のせいか早口になってしまうことがある。それでは台詞をちゃんと届けられない。伝わる速さを体で覚え、基本的にはそこを超えないようにしないといけない。




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2019/10/20
10/18 蛸の階稽古日記(中城賢太) 2人稽古

10/18の稽古で得られたこととは…


身体ほぐし


 この日は2人だけの稽古で、身体をほぐすのも兼ねてアップを2時間、後半のシーンのおさらいを少しやりました。ちょこちょこ、台詞に対する取り組みかたを意見交換しながら。

 稽古として、どれ程進展したかどうかは不明です。しかし、どれ程小さくとも前進はしていると僕は思います。
 
 タイトル:楽しみの素

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2019/10/12
10/9 蛸の階稽古日記(中城賢太) 稽古のごほうび

10/9の稽古で得られたこととは…

1.反応を取り扱う体勢の確認

2.稽古で得られた気づきや解釈はごほうび

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1.
 当日稽古は上記の心がけを確認するように行われました。当初は反応を自然に表すことを忘れていたため、再度やり直した。
 次回は反応を自然に表していない部分があるため、エチュードを繰り返す予定です(どんな題目かは知りません)。

2.
稽古を繰り返すと、お客さんとして本番を観る以上の気づきや解釈があります。稽古のごほうびだと思います。しかし、それを稽古中に再現することは慎むべきという結論に達しました。稽古中はその場のやりとりに徹する。
 以前気づいたことがどんなに素晴らしくても、稽古中のやりとりがあまり代わりばえがないと思う時があっても、新しく生むことに挑むということ。
 今後はそれを安定してできるよう、体制を整えていきます。


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2019/10/11
「観る、感じる、つながる、1つになる」 荒木 稽古日記


相手を観れていない
wsのときの方が感覚が良かったし、
相手役の挙動に反応もできてた。

言葉とルールのない状態で関係性が生まれるエチュードをしてみる

道具は傘
しかし、お互い傘という認識はない
なぞの初見の物として触れる

その傘に対する感覚を共演者に向けてみよう

傘と自室で一日中向き合ってみたらいい

傘が自分の身体の延長線上
いや、むしろ傘が本体であるかのように

相手と1つになっている感覚があれば、
それはお互いの芝居を受けているということ?

その状態に意識を向けるため、
台詞は無意識で出てるくるまで口に染み付かせること。


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2019/10/10
「're'action」荒木 稽古日記



受けれてない(コミュニケーションがとれていない訳ではないが、近い状態)

隠し球を投げている
同じボールでやりとりしている感じがしない
通り越して言葉をかけられている感覚

自分フィルターを通して返す
自分のペースに戻す

エネルギーを引き継いで2人で大きな円をつくれていない

自分の円に誘い込むように仕向けている

相手の台詞をちゃんと聴く、観る

相手から影響を受けて変化した自分を魅せる
共演者の演技を引き立てる
相乗効果

上手い役者ほど絡みやすい

受けの芝居とはどういうことか


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2019/10/08
10月7日 蛸の階稽古日記(柴)


昨日から主に2つのことに取り組んでます。

ひとつは、ロックな台詞合わせ。
ロック、揺れる、振動、✊✌️✋
どんなふうに台詞を発してもいい。
柔軟しながらとか、自由に身体を動かして「言葉」というよりいろんな「音」を出すアップをしました。

ふたつめは、自分の役以外の何者かになって会話をしてみる。
日曜日に中城さんと、「結婚詐欺師と高飛車な女」という設定で対話をしました。
月曜日は、その設定のほかにも、
「ナルシストと結婚詐欺師」
「オタクと情緒不安定な人」
「ラッパーとスリ(途中からダンサー)」
「小学6年生の男の子女の子」
という様々組み合わせでやってみました。

◯◯になって台詞を言うことで、お互い予測され得ない範囲からの言葉のアプローチができたように思います。
結果として、
相手の様子を見ながら話すようになる。
何を言っているのかわかるようになる。
相手に伝えるために音が変わる。
言葉に意味が生まれる。
お互い発する言葉がもつ範囲が拡張されたようでした。

対話は対話のなかで終着点が生まれていくのであって始まりから終わりが見えているわけではないと、演劇が自由であることを気づかされては忘れて、気づかされています。



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2019/10/08
役の広がり 稽古日記 荒木



さまざまな設定を設けて、
役の人物像を変えてみる。

すると今まで考えつかなかった台詞回しが自然と出てくる。

このことから、台本を読んだ時点で、
ある種の制約がかかっているということがわかる。

こんなニュアンスだとか、
脳内で台詞が音声化してしまっている。

それを退けるために、
人物像を変えて、文脈が全く違う状態で
台詞を表出する。

結婚詐欺師と高飛車な女
ナルシストと結婚詐欺師
ラッパーとダンサー
小学六年生の男女
オタクと明暗の激しい女

提示されたもののイメージがどんななのか
という像を探りながら、役として立つ。

すると台詞と設定のギャップを埋めようと、
ものすごく頭を使って台詞を返すようになる感覚があった。

もちろん、多少反応が遅くなることはあっても、それは不自然な間ではなく、その場の生きた沈黙だった。

人物像の裏付けられたアプローチがどのように相手から投げられるのか、そしてどのような返しをすればこの関係性は成り立つのか。

その極限状態から生み出されるものは、
台本を何度読み返しても思いつかなかったもの。

閉まっていた蓋を開けるかのように、
自身の思っても見なかったものを生み出した。




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2019/10/02
9月28日・29日稽古場日誌(佐々木)

9月28日・29日とKAVCの会議室をお借りして稽古。

28日は、高知から中城くんが来てくれていっしょに。ぼくは中城くんとは7月のチラシ撮影以来の再会でいっしょに稽古するのは初めて。高知で稽古していたみなさんからの土産話やこの稽古場日誌からも想像つくのですが、その想像以上にこんなおもしろい人だとは。自分の芝居にどんどん自分の言葉でダメ出ししてく明晰さ!こんなふうにぼくもありたい。

この日は森本くんがお休みだったので代役をやり合いながら稽古したのですが、普段の相手役と違う人でやると幅が広がるし、しかし人が変わっても変わらない核のようなものを感じることもできておもしろい。あと他人の役をやると、こいつこんなこと言ってたんだ!と気づいたりして自分の役に反映させられたり。ただ読めてるつもりになっていたことに気づかされたり。幅を広げることのできた稽古でした。

29日は中城くんは高知に帰り、森本くんが復活して、劇団さあもんの方々に見学してもらいながら、たぶん2週間ぶりでずっとやってる森本・七井・佐々木のシーンを稽古。森本くんがすごくよくなってる。間がいいし、セリフを前よりずっと自由に扱えている印象。森本くんが変わったことを受けてぼくも変えてみたら、すっと着いてきてくれたり。そんなふうに空気が有機的だから、言葉は言葉として自由になれるし、言葉が自由だから体もすごく自由に使えて、体の自由さが言葉をまた強くする。あと見学に来てくれたさあもんの4人がもんのすんごおく集中して見てくれてたのも最高によかった。空気が密になっていくのがまさに肌で感じられるという感じ。お客さんってすごいなあ。

実際この日は自分もあまり今まで感じたことのない感覚だった。素っ裸な言葉がそのままゴロッと素っ裸な体から出てきてしまっているような。これは稽古後に七井さんに言われたことですが、発した言葉で空間がグニャグニャ変化していた。

そんな感じで最高だぜという稽古ができてクタクタにもなったのですが、大事なのはこれを繰り返そうとしないこと。毎日毎日ゼロから100をつくる。積み上げなんかじゃない。完全に山縣太一さんの受け売りですが。ぼくもカーテンコールで投げキッスできるくらいがんばろう。

写真は中城くんのセルフ駄目だしメモ。

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2019/09/30
9/26,28 蛸の階稽古日記 中城賢太 ここが入り口

9/26,9/28の稽古で得られたこととは…

 
 0から始まり、反応の流れに乗る

 
 今まで稽古の中で何度も言われてきた、
全ては反応から始まるという言葉。稽古を積み重ねる中で、その言葉を自分なりに
捉えるため何度も失敗を重ね、その度に
見直しが行われました。上記の言葉は、
それを一つにまとめたものです。
 
 9/26の稽古では、反応するための情報を自分の台詞で吹き飛ばしていたことに
気づき、そこから相手とやりとりができる
ようになりました。自分の動きに
バリエーションが増え、相手の動きや
表情も様々に印象に残るように
なりました。
 
 9/28の稽古では、拡大された反応の
渦の中で、自分から反応を表現しようと
しなくても、相手の反応をしっかり
受け取れば、自然な反応は表れている
ということが分かりました。そして、
自分の反応がやりとりに影響を与えている
様子も、より感じることができました。
 
やっと入り口に立てた気がします。

タイトル 行き止まりの町からの使者
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2019/09/25
9/23 蛸の階稽古日記(中城賢太) 台詞を歌う理由


9/23の稽古で得られたことは…

 台詞を歌ってしまうのは、サブテキストが自分の中ではっきりしていないのに台詞を言っちゃうと自分が言っていることと相手の反応との整合性が取れなくなって、その違和感のつじつまを合わせるために無意識に行ってしまいさらに自然に喋っている気分になってしまうちょっと自分だけで気づくのはやっかいな状態…ような気がする。

 長め。まとめても長くなりました。
  (2倍速でお読みください)
 

 稽古の中で何度もサブテキストを確認する機会があったので、台詞を歌ってしまう理由についても分析が進みました。

 対策について意見が交わされ、自分の台詞を録音して聞いてみて、言っていることが解るか確認する、台詞を他の人に聞いてもらう、サブテキストを一つ一つ理解していく等意見が出ました。

 また、演じる役の気持ちを感じるのが辛くなると、歌ってしまう可能性があります。
 
 台詞を歌ってしまうと、何が言いたいのかがあやふやになっているようです。それは、台詞が長くなれば分かりやすくなります。台詞を音として捉えているため、台詞の始まりと終わりは小さく、真ん中あたりは大きくなっています。聞こえはいいようになっているので、相手の反応をよく視ていないと違和感に気づけないようです。


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2019/09/22
9/22 蛸の階(中城賢太) 登場人物と交差する瞬間


 舞台を経験するときに、役者の醍醐味だなと僕が思っていることがあります。
 
 役として与えられた登場人物、彼らの一時の人生を共有できるということ。
 
 稽古で感じる不安や孤独。それはある意味、登場人物が感じている気持ちなんだと思います。その境遇に役者は飛び込む。大変な作業ですが、馴染んでくると、登場人物に自分の人生経験を+することができるようになります。すると、登場人物は不思議な存在感を放つようになる、気がします。
 あなたは一人ではない。登場人物にとって、そんな存在になれる瞬間が、今僕が役者をする喜びの一つです。


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2019/09/22
稽古日記 荒木 9/16の気づき

公園スタッフとしての明るさ+もう帰ってほしいと匂わす→明るくはなかったけど、ごめんなさいな感じはなくなった

悲しさ←ー→明るさ
中間を探っているはずが、悲しいアピールをしている人に見えたそう
ほら、悲しいでしょ?同情するでしょ?みたいに

それは拒絶したくなる。
話を聞きたい。助けたいとは思わない。
他人事で、そうですか頑張って下さいで終わる

振り切ってやってみて初めて中間の塩梅を探ることができるのでは?
明るい芝居の感覚をどのくらい引き出すか調節できるようになる?

やはり、眉が八の字になる癖がある
そうならないように暗い顔、困り顔にならないように気をつけて

その顔になったら稽古を止めるから。

あるエピソード
初対面で道案内してくれた人
もう会うことはないからとりとめのない話をして、辛くて散歩していたと聞く
別れ際の最後に、身内に不幸があったことをさらっと暴露された
その時の感覚と似ているのかも?

見知らぬ人だからこそ、さらっと言えてしまう
会社で働いていても、暗くならないのがマナーだから明るく振る舞うでしょう

表情、顔から暗くならないように心掛けることで、それが灯台守として明るく振舞おうという態度が見てとれた
決して明るい人ではないが、見ていたくなった。気になった。拒絶したくなる印象がなくなった。

共感できた。あぁ、そういう時あるなぁと…
感情変化のきっかけがつかめず、悲しさを出せなかった感覚だったが、にじみ出ていたそう。
意識すると駄目になるかもしれない

灯台守 にせもののであることが当たり前
赤靴 本物の港だと思っている

だいぶ明るくなった。だからこそ、すれ違いが起こって解消する構造になっていない違和感が出てきた
灯台守 大丈夫?死にそう…
→ どこか物憂げ

もっと赤靴を翻弄できたら良い…
え!?という反応を引き出すには?

当たり前をちゃんと真っすぐ渡すこと



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2019/09/22
稽古日記 荒木 9/8の気づき

大人しい、しっぽり、良い人

公園でスタッフとして働いたいるなら優しさ・思いやりはある人?
全てにちゃんと受け答えしてくれる
自分からスラスラ
まるで灯台守から声をかけたみたい

テンポが一定、間が足りない、悩んだりという間は感じられない
間が「無」に見える
間の中になにがある?
漠然と問いかけを理解するための間
思いを巡らせる思考の間
相手のセリフの間でもどう返そうかどう伝えようかという間があるはず

間がキレイ、整理されている
間はもっと不自然なもの


全部が本当の言葉に聞こえる

行くことができません〜は変わり得るのか
いつも切り替わってるのはなぜ?
台本に改行があるから?

伝説の話題に切り替わると気持ちの変化もある?
伝説の語りをキャストのマニュアルとして用意してみる?

良い人をにじませるには
実は良い人なんじゃない?くらいに
相反する感情をミックスする
複数の感情の割合の変化
内面の揺れ動き

台詞の前に心の声を入れてみる
台詞が出る前の内面を明らかにするため
話し始め、語頭に「ごめんなさい」がつくほど低姿勢な印象
なにか負い目を感じている
にせものの灯台守でごめんなさい?
かなり卑屈な灯台守であることが発覚した
いつになったら僕は本物になれるのか、僕は今にせものなんだ…

改善するべき
卑屈をやめる、謝らない方法は?
テーマパークのキャストは的確だった
明るく嫌な人やって?
笑顔でキャストとして帰らせるようにはできない?
嫌な感じを出さずににじみ出させて
一貫して帰らせようとしているのか?

自分が当たり前だと思っていることを当たり前のように言えていない
会話のすれ違いがこのシーンの面白さ

助けたいとは思わない
けなげに働いていないと
無理して頑張っている様子
ドヨーンとしている人を助けたいとは思わない

最後のシーン
にせもの→ニセモノになっている…
固定された概念になった?
なにか意味がある?


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